■2018年3月10日 横浜DeNAベイスターズvs日本ハムファイターズ
立花理衣は某女子大に通う大学一年生。特にどうといったところのない、ごく普通の女子大生だ、本人はそう思っている。
「理衣さん、これからお帰りですか? よろしかったら私と一緒に帰っていただけませんか?」
「ちょっと、立花さんは私と帰るのよ。勝手なこと言わないで」
「勝手なことを言っているのは先輩でしょう、私の方が先に」
理衣の左右の両腕に絡み付いてきているのは、同学年の満穂と一年先輩の七恵。高校を卒業したらもうこんな目には合わないと思っていたのに、まさか大学でも同じことになるとは理衣自身も驚きであった。
身長は170をゆうに超え、ベリーショートに甘いマスクは同年代の男性アイドルを簡単に上回るイケメン度合い。当然のように、女子高時代は先輩後輩を問わず、学園の“王子様”として大人気だった。
ただし、見た目とは裏腹に本人の心の内は乙女である。
「ごめんなさい、今日は予定があるので失礼します」
二人をどうにか振り払って急ぎ帰途に就く。
遅くなると、理衣の大事な“お姫様”の機嫌が分刻みで悪くなっていくのだから。
「ただいま結乃、待った?」
自分の家、ではなくそのすぐ隣の従妹の家に入り、待ち人の部屋に軽くノックをしてから入ると。
「――はぁ? 何やってんの!?」
「ひいっ!?」
いきなり怒りの声が聞こえて身をすくめる。
「ご、ごめん結乃、確かに少し遅くなっちゃったけれど、そんなに怒らなくても」
慌てて弁明の言を口にする理衣だったが。
「ん、ああ理衣ちゃんお帰り。どうしたの、変な格好して」
振り返った結乃は大きな目を理衣に向けて首を傾げた。
大友結乃、理衣の従妹にして幼馴染。透き通るような白い肌に折れてしまいそうな細い体。大きな目、茶色がかった長い髪はお下げ、パッと見は儚げな深窓のお姫様を思わせるが、実際はいつもイケイケ青信号な性格だった。
「いや、なんか結乃、今怒っていなかった?」
自分に対して怒っているわけではないと分かり、ホッと胸を撫で下ろしつつ結乃に近づくと、彼女が見ているテレビ画面に気が付く。
「あれ、もう野球の時期だっけ」
「何言っているのよ、オープン戦はとっくに始まっているわよ……ってそうそう、オープン戦だからって、また倉本エラーして、何しているのよってちょっと口にしただけよ」
「いや、大きな声で叫んでいたじゃない」
小さい頃から最近まで体が弱かった結乃は、それだからこそ健康な体に人一倍憧れ、スポーツに憧れていた。その中でも特に野球が好きで、横浜DeNAベイスターズの大ファンである。
体が弱い時はテレビで観ていただけだが、二年前に手術をしてからはテレビを観ながらエキサイトするようになっている。そして、理衣にも観戦をつきあわせる。理衣自身は、野球のことはよく分からないのだが、結乃が望むのであれば時間さえ許せば付き合ってあげたいと思う、のだが。
「ベイスターズの試合の時の結乃は、いつもよりずっと怖いんだよね……」
口には出せないがそのように思っている。
「――って、エラーの後にホームラン打たれるって何それ!? 味方のエラーをカバーするのがエースでしょうが健太ぁっ!」
拳をグーで叩く結乃。置かれていたオレンジジュースに波が立つ。
「3点取った直後に3点取られるって、3点取った分余計に腹立たしいわねっ」
画面を見るとそれでもまだ1点差で負けているだけで、これから逆転すれば結乃の機嫌も良くなると考える理衣だったが。
「――――またエラーの後にホームランで3失点て、ベイスボールやってるんじゃないわよっ!?」
「あ、あの、結乃、選手の皆さんも頑張っているし、ベースボールやっていることに変わりはないわけで」
「ベースボールじゃなくてベイスボールよ。まったく、何がベイスボールよ、応援しているチームのこと馬鹿にして」
いや、今自分で言ったんじゃないと思った理衣だったが口にはしない。
4点のリードを許したベイスターズだったが、7回に集中打を集めてなんと同点にまで追いついた。
「佐野っち、中川さん、ソトと、新しい選手が頑張っているじゃない。それに大和さんもやっと初ヒット出たと思ったら猛打賞! これでもう心配はいらないわね。ミッシーはミッシーで三者三振とか、朝食に変なモノでも食べたのかしら?」
ようやく由乃の機嫌も良くなってきて理衣も一安心である。
9回の表、一死満塁のチャンスで勝ち越し点を奪えなかったのは横浜らしいと嘆いていたが、9回裏を抑えれば負けはない。
「今年の国吉は一味違うから大丈夫よ、きっと」
マウンドに上がるのはやたら背の大きな人だなと理衣は思った。
なかなか甘いマスクで格好いいなと思う理衣であったが。
「国吉ぃーーーーっ!? いや心の中では疑っていたのよ、国吉は国吉なんじゃないかって。でも今年こそ新生国吉が覚醒したと信じたかったのに、やっぱり国吉だった!!」
意味不明なことを言いながら手の平でテーブルをバンバンと叩く。
結乃でなくても怒るだろうと理衣は思った。まさか9回の裏、四球を出してサヨナラ3ランホームランを打たれるとは思いもしないだろうから。
「あの、結乃?」
ぷるぷる体を震わせている結乃に、おそるおそる声をかける理衣。
しばらくして振り返った結乃はあからさまに不機嫌そうではあったけれど、そこまで激発しているようではなかったので理衣も安堵した。
「大丈夫よ、理衣ちゃん」
「うん、そうだよ。だって7点も取ったし、良かったところもたくさん――」
「――まだオープ戦だもの、オープン戦の結果でそんなに怒ることないから」
「――――」
え、思い切り怒りの絶叫を放ち、今にもテレビに飛びかからんばかりだったじゃない。これで怒っていないというなら、公式戦が始まったらどんだけのことになるのだ。
そう考え、理衣は絶句するのであった。
3月10日の試合結果
○ファイターズ 10×-7 ●DeNA
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