「コロナ以外にニュースの話題はないのかしら?」
結乃がしぶい表情を見せながら言う。
「この状況じゃあ、難しいんじゃない?」
理衣が素直に応じる。
「なんかもう、気分が沈むじゃない!」
「そ、そんな風に怒られても困りますわ・・・・」
「そんな、気分が沈みがちな時にこそ、この選手!」
「え?」
「球界の詐欺師、市川和正!」
■横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ (1981 - 1993)
■通算 898打数 214安打 打率.238
「詐欺師って酷いね」」
「いやいや、褒め言葉だから。それにほら、達川よりマシじゃない?」
「達川さんって、あの?」
「そうそう、何せ、『東の市川、西の達川』と言われていたくらいだからね」
「褒め言葉なのそれ!?」
「まあ実際、色々と楽しませてくれたわよね。バットのくるりん芸とか」
「芸なの・・・・?」
「ハーフスイングを誤魔化す点にかけては、達川よりは上でしょう!」
「何を競っているんだか・・・・」
「死球に関する芸では敵わないからね」
「だから芸なの!?」
ふったことを誤魔化すために変な仕種をしたり。
バットを放り投げたり。
おそらく審判の目を違う方向に向けさせるという効果もあったのだろうけれど、よくもまああれだけやったものである。
「しかし、『忍者打法』って、ネーミングだけ聞けば格好良いけれど、その実は、ハーフスイングを誤魔化す打法だからね」
「忍者さんも泣くんじゃ・・・・」
「いや、忍者はほら、目立たず、相手を騙してなんぼのところもあるし、良いんじゃない? ただ、打法といいつつ打っていない、というのはあるけどね」
「あははは」
理衣の乾いた笑いが響く。
「そして市川といえば! クロマティにサヨナラホームランを打たれた時の号泣!」
「ああ、有名だね」
「悔し涙を表に出すな! とはいうけれど、逆にあたしたちファンは嬉しかったものよ!」
「なぜ?」
「当時のホエールズは弱かったし、巨人には特に勝てなくて、負けて当たり前なところがあったわ。でも市川は負けて悔しさを前面に出してくれた。まだまだ、そういう気概を持っている選手がいると思わせてくれたから!」
「悔しささえ感じなくなったら終わりだもんね」
「そうよ。そんな涙にすら希望を抱かざるを得ない時代だったのよ!」
「結局、自虐!」
残した記録は平凡でも、記憶には強烈の残る選手。
奇妙に思えることも、全ては試合に勝つためだった。
「そういう選手も最近じゃあまりいないから、ちょっと寂しいわよね」
「スマートな選手が多くなったからね」
「こんな選手がいてもいいんだからね!」
ただし、審判は敵に回さないように!