「えええーっ、うそーーーん!」
「ど、どうしたの、結乃」
悲鳴をあげてその場に膝から崩れ落ちた従妹の結乃を見て、理衣は驚いて目を丸くする。
床に両手をついて上半身を支え、体は悲しみに打ち震えている。見た目、非情に分かりやすく落ち込んでいる結乃を見ていると理衣も悲しくなってくるが、同時にそんな結乃を優しく抱きしめてあげたいとも思う。
「どうした……も、こうしたもないわよっ。濱口に続いて今永、ウィーランドも体調不良やら肘の具合が悪いやらで開幕赤信号、開幕ローテからいきなり去年の二けた勝利三人がいなくなるの。これが叫ばずにいられますかってのよ」
落ち込んでいる理由はやはりベイスターズに関することだったが、理衣もネットに掲載されている記事を見ると辛くなった。ローテーションの左右の柱として投げるべき二人が戦線離脱するのはチームとしては痛すぎる。
「今年こそ優勝と本気で思っていたのに、開幕前からなんでやねん……」
いきなりエセ関西弁になるくらいショックを受けたということか。
「でも考えてみれば昨年はリーグ3位からCSを勝ち上がって日本シリーズまで出場と、12球団でもっとも長く戦ってきたんだもの、いくらオフがあったとはいえ、疲れや何かが残っていても不思議じゃないわよね」
ようやく顔を上げる結乃。
その瞳にはわずかながら力強さが戻ってきているように感じられた。
「いない人を嘆いても仕方ないわ。ここは冷静にローテーションを考えましょう。石田は確定よね。こうなると中継ぎにと検討していた井納はやっぱり先発よね。2段モーションに変更かけているというフォームが心配だけど、やってもらわないとね」
「あと、東くんもオープン戦で結果を残しているじゃない」
「そうよ、MAXもやってくれるはず。いや、やってくれないと困るわ、ドラ1なんだから」
先日、ルーキーを戦力には入れないなどといっていたような気がしたが、それくらいチーム状況的にはピンチということなのかもしれない。
「この前、バリオスも好投したし。ほら、外国人選手を獲得しておいたことがこういう時に活きるのよ。リスク管理ってやつね」
「熊ちゃんにも頑張って欲しいなぁ」
「出た、イケメン好きか」
「うぅ……べ、別に、悪いことじゃないでしょ」
赤面しつつも否定しない理衣。
まあ、多くの人はイケメンには弱いものだ。
「あとは飯塚や京山にとってもチャンスよね。そう、主力の故障は若手のチャンスなのよ。かつて番長も言っていたじゃない、自分の出番が増えるから先輩投手が投げているのを見て『打たれてくれないかな』って」
「聞くと、酷い言葉だけど……」
「一軍は狭き門なのよ、特に実績ない若手だったら、それくらいの気概を持っていないと」
話しているうちに結乃も復活してきたようだった。
「そうよ、バリオス、熊原、飯塚、京山……実績は、ないけれどね……」
「ば、バリオスは日本球界でも活躍していたんでしょう?」
またしても俯いてしまった結乃を励ますように、出来るだけ明るく力強く声をかける理衣だったが。
「…………ふ、ふふ……」
「ゆ、結乃?」
「ふふ……ふ、ふふふ…………」
不気味とも聞こえる不敵な笑いが耳に届き、やっぱり絶望して変になってしまったのかと不安を覚える理衣。
「ふふ……そう、これが、“逆境” なのよ!!」
顔を上げ、拳を握りしめ、目をらんらんと輝かせる結乃。その全身からは怪気炎を発しているかのように感じられる。
「思い返してみれば去年から逆境続きだったじゃない。でも、逆境の中で選手たちは力を発揮し日本シリーズまで這い上がっていったのよ。ドラマじゃない、ほら偉い人も言っているわ、『逆境こそが最高の舞台』って!」
それは『勇者の遺伝子』だよと突っ込みたい理衣だったが、勢いに圧倒されて口を開くことが出来ない。
「それに昔に遡ってみれば、“谷間投手だけでローテーション”とかあったわけだし、この程度の逆境、丁度良いくらいよ」
いや、谷間投手でしかローテーションが組めないって、それはもはや逆境というよりもチームとしておかしいのではないかと思ったが、涙で目が曇った理衣に言葉を絞り出すことは出来なかった。
「四月、苦しいチームを若手の奮起でしのぎ、一人、また一人と戻ってくる主力選手達が勢いを付ける。また苦しくなってきた時期にはベテランがチームを支え、秋には苦しみを乗り越えて優勝……見える、見えるわ!」
不屈の闘志を燃え滾らせる結乃。昔から、この手の熱血スポ根モノは大好物だった。
「―――あああ、だめ、駄目よっ!?」
「ど、どうしたの今度は!?」
またしても頭を抱えて震えだす結乃。なんなんだと思いつつも心配で声をかけてしまうのが理衣である。
「せっかく優勝までのイメージが出来ていたのに、最後に……『夢か!』が出ちゃった!」
出ちゃったと言われても困るし、どうせまた一人で復活するだろうと思い、もはや理衣もあえて声はかけなかった。というか、何を言えばよいか全く分からなかった。
そうしてしばらく待っていると。
「…………ま、『それはそれ』、『これはこれ』よね」
案の定、勝手に立ち直る結乃だった。
基本、(昔からの)ベイスターズファンは打たれ強いのである。