5回裏、2死ながら1,3塁でジャイアンツのチャンス。
ここでバッターは4番、阿部。
井納の投げた球を打ち返した阿部の打球は詰まっているように見えたが、センター前に抜けるタイムリーヒットとなった。
ここぞという時にタイムリーを放つ、さすがベテラン、ジャイアンツの4番である。
なんだかんだいって主導権を握って渡さないジャイアンツ、接戦のようでいて大きな差を感じさせられてきた過去。だけど今日のこの試合は、決して負けてはいない。喰らいつき、離さずにいる。
「くそっ、なんとか追いつかないと。マイコラスから連打は厳しいだろうから、やっぱり一発に期待するしかないのか」
歯噛みしながら言う巡。
CSに出場したことで確実にベイスターズは一歩進んだ。だが、出場しただけでは駄目なのだ。
過去にさんざん叩きのめされてきたジャイアンツを相手取り、その相手に勝って乗り越えなければならない。
苦い思いが幾つも頭の中に蘇る。
1960年以降での最低勝率を叩き出した2003年。
山下監督が打ち出した“大チャンス打線”は凄まじかった。
古木の22HR、37打点という記録ばかりが大きく取り上げられることが多いが、はっきりいって古木だけを出すのは可哀想である。
何せHR王となったウッズだって40HR、87打点と、40本もHRを打った割には90打点にも届いていない。村田だって25HRで56打点、多村も18HRで46打点、全般的にHR数の割に打点が少ない。
チームHRは192本とリーグ2位なのに対し、打点は541とリーグ最低。
得点力が低いのに投手陣は更に壊滅的で、二桁勝利投手はもちろんいないのに加え、主力投手はいずれも防御率4点台以上。
内野陣は、ファースト・ウッズ、セカンド・村田、サード・古木、ショート・内川、などという今では考えもつかないファイヤーフォーメーションもあった。尚バリエーションとしては、外野の両翼が鈴木尚とウッズ、鈴木尚と古木、などというセンターの金城が悶死したくなるパターンも多々あった。
ファン待望の球団生え抜きだった山下政権は2年目の2004年も最下位に沈んで終わりを告げた。
いわゆる“ラビットボール”全盛の時代、横浜も打線は非常に良くて打ちまくり、投手陣も圧倒的に悪かったわけではなかったが、前年に引き続き得点効率の悪さ、リリーフ陣の弱さによって勝ち星こそ前年より大きく伸ばしたものの、結局は3年連続最下位という屈辱を味わうこととなった。
山下監督の後を受けたのは牛島監督だった。
指導者経験ゼロでありながら、最下位だったチームをなんといきなり3位に引き上げることに成功した。
2005年、三浦、門倉、土肥の三人が二けた勝利を挙げ、三浦は最優秀防御率と最多奪三振、門倉も三浦と同数で最多奪三振のタイトルを獲得し、久しぶりにファンにも明るい話題を提供してくれた。
連続最下位からAクラス。ここから再び、ベイスターズも上昇気流に乗るのではないか、そう思わせてくれたのだ。
「――よし、ロペスが出た!」
ランナーが一塁で打席には筒香。歩かせ辛い、待ち望んでいた状況がやってきた。
とはいえ相手はマイコラス、シーズン中でも打ったという記憶が殆どない苦手な投手である。
当然、相手も慎重に攻めてくる。
三塁側、レフト側からは筒香に届けとばかりに声を張り上げ、声援を送る多くのファン。そう、誰もが分かっているのだ。
今日の試合は「ここ」だということを。
6回が終われば次にクリーンナップに打席が回ってくるのは早くて8回、下手をすれば9回で、それは即ちセットアッパーと抑えが出てくることを意味する。横浜が打撃型のチームとはいえ、そう簡単に打てるわけはない。
優秀な先発投手とはいえ球数も増えて疲れも出てくるはずの中盤以降、今のうちにどうにかしなければ勝機は小さくなる。
何度も、ここぞという場面で打ってくれた主砲。横浜に輝く大砲。
そのバットが、低めの球を掬いあげるように鋭く振られる。
「――――――!!」
一斉に立ち上がる青いユニフォーム姿。
握り締めた拳を突き上げ、飛べ、もっと高く、遠くへ飛べと球の勢いを後押しする。
白球は巨人ファンの埋まるライトスタンドに突き刺さった。
「いったああ!?」
「凄い、凄い!!」
打ってほしいと願い、だけどそう簡単に打てるはずもないだろうと思っていた場面で、まさか本当に打つとは。
歓喜が爆発する三塁側スタンド。
東京ドームが揺れる。
興奮は冷めやらない。ハイタッチをかわし、笑顔に溢れる青き仲間達を見て席に腰を下ろしながら、心の中はすぐに静かになっていく。いや、別の意味でざわざわと内心では波が激しくなっていく。
まだイニングは6回表、相手の攻撃は4回も残っている。
点差はわずかに1点リードしているのみ。
かつて何度も見てきた、後半での逆転負け。強い巨人を相手には、リードしていても全く安堵できることなどなかった。むしろ、リードしているのに追い詰められていくような気にすらなっていた。
果たしてこのまま終われるのだろうか。
そんな、甘い試合でもなければ相手でもない。
リードしたこれからこそ本当の試合だと、巡は熱気に包まれたスタンドからグラウンドを見つめるのであった。
■バックナンバー
1.歴史と共に、今
2.なぜ、このチームを
3.大洋ホエールズのエース
4.歓喜の瞬間、そして
5.<過去>暗黒の始まり
6.<過去>悔しさの強さ
7.<CS1st>がっぷり四つ
8.<過去>消えゆく優勝戦士達
9.<過去>2003年、5月
10.<過去>底の底